安堂グループの歴史物語[第34話]

安堂グループの歴史物語 タイトル画像

 高森牛の歴史は明治初期に遡ります。その長い歴史のなか、山口県東部随一の牛肉生産を誇る安堂の名が登場するのは、意外にも戦後間もなく、昭和22年のことでした。
これは、現在の安堂グループに至る道のりを辿った歴史物語。そこには、激動の時代を生きた5つの世代、それぞれの苦難と歓喜の秘話がありました。

第34話

「日本の在来牛の復活を!」

 2011年(平成23)春、安堂光明(現会長)の念願だった繁殖センターが竣工しました。九州を中心に全国から60頭以上の妊娠牛を集め、静かだった高森(岩国市周東町)の山間は、一機に賑やかになりました。
 牛たちが子牛を産み、その一部は母牛としてセンターにとどまり、また子牛を産みます。地域で採れた餌を食べ、地域の種牛から採った精液により受精された純粋な高森産牛の誕生です。そう、繁殖センターは「こんな牛を育てたい」という望みを叶えてくれるのです。
 さて問題は、どんな牛を育てたいのか? 
 本物の地産地消を叶えた今、次の取り組みが問われていました。

卓也のひらめき

 ある日、安堂卓也(現社長)は山口県柳井農林水産事務所で打ち合わせをしていました。農場HACCPの認証に向けての取り組みについてです。そのなかで、話題は山口県産牛の精液に及びました。
 「繁殖は原則、山口県の種雄牛(しゅゆうぎゅう/=種牛)のみで行いたいと思っています。いくら県内で育てたといっても、他県の精液を使っていては、どうもね」と卓也。
 なるほどと頷いた職員は、山口県が保有する種牛についての説明をしてくれました。県産牛の精液は県が販売を担っています。
 それを聞いているうち、卓也の頭のなかはその先へと踏み込んでいました。
 「単に県産ということではなくて、山口県にしかない品種、例えば無角和種とか、見島牛とか。それらとの交配なら、オンリーワンの特徴をもった牛が産まれる」。
 無角和種(第27話)については、無角和種振興公社が懸命に生産と販売の拡充を図ろうと活動しています。安堂畜産もこれに精力的に協力してきました。すると…、残るは見島牛です。

天然記念物・見島牛

 かつて日本各地には、在来の牛が生息・飼育されていました。しかし、現在では山口県萩市の離島・見島に生息する見島牛のみになってしまいました。
 もともと在来種には、肉にサシが入りやすいという性質が備わっていました。しかし、体格が小さく、経済的には成り立ちませんでした。そこで、海外から導入した大型種との交配が行われたのです。こうして誕生したのが黒毛和種です。一方、見島は離島であるがゆえに、その流れとは無縁。在来種の系統がそのまま現在に残ったというわけです。見島牛は昭和3年、国の天然記念物に指定されています。
 現在、山口県では見島牛とホルスタインを交配させた交雑種が少数生産され、見島交雑種としてわずかに販売され、萩市では見蘭牛(けんらんぎゅう)という名で販売されています。小型の見島牛に大型の海外種を掛け合わせることは、大きく育てるという目的では理にかなっています。しかし、海外の種との掛け合わせですから、和牛として見ると魅力は薄れてしまいます。
 そこで卓也は閃きました。
 「もともと在来種の血統を持つ黒毛和牛の雌に、見島牛の精子を受精するとどうだろう。在来種の血が濃いい牛が生まれる。黒毛和牛より小型になってしまうのは残念だが、他県にはない特徴を持った牛がつくれるはず!」。
 さらに、卓也はこうも思ったのです。
 「待てよ。今の黒毛和牛は昔と比べると随分と改良が進んでいる。だから、いくら見島牛が大きくなれないといっても、今の黒毛和牛との交配なら、あまり心配がいらないのかもしれない」。

Win-Winの関係

 卓也は、見島牛の精液を売ってもらおうと、県との交渉を開始しました。県は、天然記念物として見島にだけ生息するという現状に鑑みて、判断に苦慮したようです。しかし、精液を販売すれば、県としてもその収益が見島牛保存の財源になるでしょう。また、見島牛の存在をより広く知らせることにもつながります。一方、食肉業者にとっても、他県にない特徴を持った肉牛の生産が実現するのです。これはまさしくWin-Winの関係でした。
 約2年の交渉を経て、県センターは見島牛の精液の販売に踏み切りました。その見島牛の名を秋幸(あきゆき)といいました。

 卓也は見島牛の精液を購入すると、早速、繁殖を開始しました。交配の相手には、自社牧場で地元の餌を食べて育った健康な母体を当てました。山口県産の見島牛という産地の特性をとことん生かすためです。
 そもそも安堂畜産は業界のトレンドである霜降りの肉に、特別なこだわりは持っていません。というのも、サシをより多く入れるため、立てないくらい限界まで太らせる肥育方法には違和感があります。むしろ健康な牛を育てる方が、肉本来のうま味のある肉牛がつくれるのです。しかも、手ごろな値段で美味しい肉を提供しようとすれば、健康的に育てる方が合理的です。

突然の通知

 繁殖センターでは、見島牛・秋幸を父に持つ子牛たちが生まれました。それは、在来種の伝統を継ぐという安堂畜産のブランド・皇牛(すめらぎぎゅう)のコンセプトを体現した牛です。卓也と社員たちは期待に胸を膨らませながら、子牛たちを大切に扱い、肥育も順調でした。

秋幸による子牛
▲秋幸(あきゆき/見島牛)と黒毛和種の血統を継ぐ子牛(高森肉牛ファーム・繁殖センター)

 そんな矢先のことでした。県から突然、連絡が入りました。
 「見島牛の精液の販売は中止します」。
 驚いて、その理由を問いただす卓也に、県の担当者は申し訳なさそうにこう伝えました。
 「既に販売した精液は、そのまま自由に使ってください」。

 精液の供給を突然絶たれることになり、途方に暮れる卓也でした。繁殖センターでは、そんなことなどお構いなしに、秋幸の子牛たちが元気に走り回っていました。
 

← 第33話 「夢の実現と思わぬ誤算」

→ 第35話 「夢の実現と思わぬ誤算」