黒と白のハチノス、最も苦労のしがいのある食材

「ハチノス」という名前に魅かれ、本物のハチの巣と見違うような料理写真に驚き、いつかこれを料理して食べてみたいと思っていました。だから、安堂光明会長からハチノスの提供を受けた時には、小躍りするほど嬉しかったものです。
しかし、いざ下処理を始めてみると、「こんなはずじゃ、なかった」とブツブツいいながら、作業をする記者でした。

▲下処理前のハチノス(第2胃)

ハチノスとは、牛の4つある胃袋のなかの第2の胃です。第1胃(ミノ)で消化できなかった食物を口に押し戻す役割があります。その名の通りハチの巣のようなヒダが特徴で、黒い色をしています。1頭から1kgほどしか取れない貴重部位です。

黒い皮と格闘すること約1時間

ハチノスはホルモンのなかでも、特に匂いの強い部位です。特にハチの巣状のヒダを覆う黒い皮の部分は、残してしまうと臭みが強くて食べにくいとのこと。焼肉屋さんでは、この状態で仕入れて、黒い皮を削ぐ作業から下処理を始めるようです。
まず48~50℃の流水に5分さらします。この温度は温水器の設定で難なくできました。その後、70℃くらいのお湯に3分浸します。温度計を片手に湯を温めて、いざ浸してみたら、温度はすぐに60℃以下に下がってしまいました。慌てて、85℃くらいの湯を足しましたが、なかなか70℃にはならず、あっという間に3分が過ぎました。
とにかく熱い内に、黒い皮を削がないと、冷めてしまうと難しいとのこと。急ぎスプーン片手に作業開始です。

▲スプーンと歯ブラシでひたすら黒皮を削ぐ

恐る恐るスプーンの角を立ててやってみると、黒皮が剥がれました。でも、ヒダの奥の方はなかなか難しい。歯ブラシも併用しながら、途中からはかなり強く力を入れてひたすら削ぎます。ヒダの部分はかなり丈夫でめったに破れることはありません。
5分くらい続けてみて、悟りました。これは大変な作業です。別のスタッフと交代して、黒皮と格闘すること約1時間。焼肉屋さんでも30分くらいはかかるようです。
ありがたいことに、記者の同僚は、「わたし、こういう単純作業が好きなんですよねぇ」と、作業に没頭。ほとんど同僚が仕上げてくれました。

▲きれいに黒皮を削いだハチノス

黒い皮を削ぎ落したハチノスは、生まれ変わったかのような美しい乳白色です。手間がかかっているだけに、感慨も一入。記者は横で眺めている時間が長かったのですが…。

ハチノスはゴムのように硬い部位です。圧力鍋を使って15分ほど煮込んで柔らかくしました。臭み取りに青ネギとショウガを投入しています。そして、煮込み汁は出汁として利用できます。

刺身でそのものの味わいをチェック

煮込んだとはいえ、ゴムのように硬い部位なので、薄めに切りました。これにゴマ油をかけて塩をまぶして食べてみました。

▲ハチノスの刺身

口に入れて噛んでみると、やはりグニャとした歯ごたえですが、ごま油の風味と塩気が相まって後から旨味が感じられました。もっと下処理で煮込むと柔らかくいただけたように思います。もしかして、アワビのような食感に近づくかも?

定番の焼肉(味噌ダレ)に挑戦

安堂畜産の特製・牛焼肉用タレ(みそ味)に漬け込んで30分程度、皿に並べて撮影してみてびっくりしました。


▲味噌ダレに漬け込んだハチノス(焼肉用)

蜂蜜がたっぷり溜まったハチの巣と見違うほどです。

そして、焼いてみると、美味しそうなスイーツのように見えます。

▲こんがり焼いたハチノス

口に入れてみると、味噌が焼けた香ばしさが口に広がりました。少し硬めですが、刺身ほど弾力はなくて、ヒダヒダがカリッとしてほど良い食感です。味噌ダレが良く染みていて、美味しくいただきました。ビールがあれば、最高です。

暑くなってきたから冷菜にしてみる

ピリ辛の韓国風冷菜を作ってみることに。コチュジャンにお酢、すりおろしにんにく、砂糖、ゴマ油、胡麻を混ぜてタレを作り、細切りにしたハチノスと胡瓜とで和えてみました。

▲ハチノスのピリ辛冷菜

唐辛子の辛味と酸味が効いていて、まさしく酒の肴にぴったりな品になりました。やはり、もっとハチノスは煮込みを長くして、柔らかくした方が良かったと思いました。

イタリアでは、ハチノスをトリッパというらしい

トリッパ/trippaとはイタリア語で牛の胃袋のことを言います。特にハチノスのことをトリッパとして、料理によく使うそうです。トマトとの相性がバツグンなのだとか。
そこで、トリッパのトマト煮込みに挑戦しました。
材料はハチノスを長さ5cm、幅1cmくらいに切ったものと、玉ねぎ、にんじん、セロリ、ニンニク、カットトマト缶。そして白ワインと水、塩とコンソメで味を調えました。
材料を全部鍋に入れるとき、水を少なめにして、ハチノスを下茹でしたときに出た煮汁を入れました。これが美味しくなるおまじないです。そして煮込むこと1時間。その後、鍋のフタを取り、水分を飛ばすように数分煮詰めています。

▲ハチノス(トリッパ)のトマト煮

まずスープから口にすると、濃厚な味わいに感激しました。トマトの酸味とハチノスからにじみ出た旨味が相まって、思わず「ブォーノ!」と叫んでしまいました。
ハチノスも今まで食べたものとは別物のように柔らかく仕上がっていました。1時間以上煮込んだのが奏功したようです。野菜も旨味をたっぷり吸い込んで、いくらでも食べられます。
本日、もっとも成功した料理になったのでした。

せっかくだからパスタにしてみた

食いしん坊の虫が収まらなくなった記者は、〆にパスタを作ることに。黒い皮を削ぐ作業に始まって、すでに5時間が経過しています。心境はまさに、ランナーズハイならぬクッキングハイでした。

▲ハチノス(トリッパ)のトマトパスタ

出来上がったパスタをスタッフたちといただきました。夢中で食べながら気付いたことがあります。ハチノスは、パスタと同様、スープによく絡むのです。ヒダとヒダの間に濃厚なトマトソースをたたえて、口に入れれば、ハチノス独特の食感とともに、噛むほどに美味しさがにじみ出る感じがします。パスタを完食して、その日の夕食は抜きました。

気付けば5品を作って試食していました。下処理に手こずったから余計に、美味しく食べたいという気持ちが強くなったのかもしれません。
振り返ってみると、ハチノスそのものは淡泊な味わい。むしろその食感と形を楽しむ食材なのかなと思いました。特に焼いたときの香ばしさと弾力の取り合わせ。そして味噌ダレやトマトソースとの相性の良さに、「苦労して良かった」と、報われた気持ちになりました。

では、牛肉珍味の旅はまたまだ続きます。