安堂グループの歴史物語[アナザーストーリー 6]
高森牛の歴史は明治初期に遡ります。その長い歴史のなか、山口県東部随一の牛肉生産を誇る安堂の名が登場するのは、意外にも戦後間もなく、昭和22年のことでした。
これは、現在の安堂グループに至る道のりを辿った歴史物語。そこには、激動の時代を生きた5つの世代、それぞれの苦難と歓喜の秘話がありました。
アナザーストーリー 6
高森の伝統食・干し肉の開発秘話
金づちで砕いて食べるサイボシ
高森地区で牛の市場やと畜場が整備され、「高森の牛肉は安くてうまい」と評判になったのは、明治初期の頃からです。冷蔵庫もなかったその時代。牛肉を遠方に運んだり、長期間保存するためには、「干し肉」という加工法がとられていました。
高森地区では、干し肉のことを古くは「サイボシ」と言い、食肉に関わる業者の各家で独自のやり方によって作られていました。その方法は概ね、牛肉のブロックに塩をたっぷり揉み込んで、数日間、野外で竿に吊るして天日干しするというもの。竿干しがなまって「サイボシ」になったと思われます。
安堂畜産が、安堂商店として創業したのは戦後間もない昭和22年(1947)です。その頃にはまだほとんどの業者に冷蔵庫はなく、それぞれが牛肉の保存のために干し肉を作っていました。その材料は、売れ残った肉や加工時に出る筋肉等、時には傷病で死んでしまった牛の肉などが使われたりもしたようです。
安堂商店は創業から2年後には「山陽ハム加工」という屋号でハムの製造を開始していたことから、他の業者に先駆けて冷蔵庫を備えていました。そのため肉の保存を目的にした干し肉加工は、ほとんどして来ませんでしたが、安堂光明(3代目代表、現・会長)は何度か口にしたことがありました。
「カラカラに干してあって、金づちで砕かないと、食べられないほど硬かった」と光明は語ります。
また、天日干しとはいえ、その時の天候によって日光による殺菌効果も乾き方もまちまちです。色々な部位の肉を使うものだから、同じ業者が作った干し肉でも、その品質や味は定まっていませんでした。
肉処の高森地区にあって、干し肉は故郷の味と言っても良いでしょう。しかし、その干し肉は、衛生面や品質のばらつきなどから、商品としてはあまり誇れるものではなかったのです。
ある機械の導入
安堂畜産が干し肉の製造を事業として始めたのは、創業から40年近く経った昭和63年(1988)のことでした。冷蔵庫メーカーがある試作品を持って、光明の父・親之(2代目代表)のもとを訪れたことがきっかけでした。
その試作品とは「煮干し」。大量の煮干しを、一定の品質に仕上げる冷風乾燥機の売り込みでした。
親之は「この機械は、干し肉づくりに使える」と、すぐに直感しました。
この冷風乾燥機を使えば、いつも同じ乾燥度合の干し肉ができる。しかも、殺菌灯(紫外線)で菌数の増殖も抑えられる。
親之はすぐに設備の導入を決めたのでした。
▲干し肉の製造に使用している冷風乾燥機。青色の光は殺菌灯。
ハム製造は、大手ハムメーカーの台頭により開始から3年で断念していましたが、その時の製造ノウハウが干し肉の製造に役立ちました。
試作を繰り返すなか、肉に揉み込む塩の分量に味付け、冷風の温度と時間など、全てをデータで把握して、レシピは完成しました。また、脂身の多い肉を使うと乾燥後の仕上がりが脂でベトベトになってしまうことから、赤身の部位を使うことにしました。しかも、牛1頭あたり約2~3キロほどしかとれない希少部位、トモサンカク(もも肉の一部)です。焼肉用としても大人気のそれは、赤身ですがサシが入りやすく、干し肉にしたときに大変美味しかったからです。
こうして生まれた安堂畜産の干し肉は、発売と同時にたちまち評判になりました。
「霜降りの高級肉。しかも乾燥でさらにうま味が凝縮されている。何と言っても、包丁で切れる柔らかさがいい」。
当時、高森郵便局の局長だった三坂仁氏の協力により、干し肉は郵便局のギフト商品にも採用され、地域の人たちは故郷の味として贈物に使うようになりました。
酒のあてに最高!
▲干し肉。薄めにスライスして炒めるだけで最高の酒の肴になる。
安堂畜産の干し肉の食べ方は、人それぞれです。
光明のお薦めは薄く切って炒めるだけのシンプルなもの。酒の肴としてバツグンです。また、それをご飯に載せてお茶漬けにすると、これがまた絶品だと言います。
著者のお薦めは、干し肉をたっぷり贅沢に使った焼きめしです。食欲のないときでも、この焼きめしはたっぷりいただけます。ニンニクを一緒に炒めれば、スタミナ満点です。
トモサンカクという希少部位を使うために、品数には限りがありますが、直営店「肉のこーべや」などの店頭でみつけた時には、ぜひ求めてご賞味ください。
故郷の伝統の味を後世に伝える。それは、安堂畜産にとって大切な理念の一つです。干し肉やタタキは勿論、珍味のヤマスルメ(実食レポートあり)や牛の中落にあたるソブリ肉(実食レポートあり)など…。
「これからも高森の食文化を伝えたい」と、懐かしい味わいに思いを馳せる光明なのです。